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秋田地方裁判所 平成9年(わ)201号 判決

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、秋田県大館市二井田字上四ノ羽出一二九番二、一三〇番、一三一番、一三二番、一三三番、一三四番、一三五番一所在の農地(不動産登記簿上の地目は田。実測面積約九二二六・七九平方メートル)を所有していたものであるが、右農地の農業振興地域からの除外申請が秋田県から認可されなかったことから、大館市産業部農林課長として右除外申請手続等の事務を担当していた佐藤秀明らと共謀のうえ、右農地につき、法定の除外事由に当たる場合でないのに、秋田県知事の許可を受けないで、これを株式会社カナモトに売却し、かつ、同土地に同社大館営業所の新社屋等を建てるため同土地を敷地として造成することにより転用の目的を達成しようと企て、右佐藤において、平成八年三月上旬ころから同年四月上旬ころまでの間、合資会社石戸谷建設及び株式会社花岡土建をして、その施工にかかる工事から出た土砂約四六〇立方メートルを右土地に投棄させるとともに、右被告人において、同年七月中旬ころ、同市二井田字上四羽出九一番地の右被告人方等で、右農地を八三七三万三一一九円で株式会社カナモトに売り渡す旨の契約を締結し、同年一二月一七日、同社から右代金を受領し、同月一九日、その旨の所有権移転登記を了してその所有権を移転し、さらに、同社において、平成九年一月一三日ころから同年四月一四日ころまでの間、株式会社イトウをして右農地に盛土して埋め立てさせ、もって、右農地の所有権を移転するとともに、農地を農地以外のものに転用したものである。

(証拠の標目)省略

一  憲法違反の主張について

弁護人は、農地の転用について許可を必要とする農地法第四条、第五条の立法理由は、昨今の産業構造の変化、社会経済情勢の変化、規制緩和、国際化の叫ばれている現在においては、合理性を失っているものであって、これらの違反に刑罰を科す農地法第九二条は、憲法第二九条、第一三条、第一四条、第三一条に違反し違憲である旨主張する。

農地を巡る社会情勢に変化が見られることは事実であるが、農地の転用について県知事等の許可を要することとし、これに違反する行為に対し刑罰を科す農地法第九二条、第四条、第五条の立法事実がなくなったとはいえず、右各条が憲法に違反するとはいえない。

二  公訴権濫用の主張について

弁護人は、

〈1〉本件について、検察官が警察抜きで強制捜査まで行った背景には、市や県の幹部の贈収賄事件を念頭に置いていたというのが常識的な見方であろうが、その目論見がはずれたことから、検察官の面子維持のため、被告人を起訴したものであって、本件起訴は感情的起訴にすぎない。

本件では、農地法第五条のみが問題となるものであるにもかかわらず、検察官は、農地法第四条、第五条の関係を理解しないで起訴したものであり、また、本件において、農振除外を認めない、転用を認めないといって、現状のままにしてみても、誰一人としてこれによって権利を守るということにはならないのであるから、検察官は、農地法違反として起訴することの社会的、経済的意義を十分評価せずに起訴したものである。

〈2〉本件捜査にあたっては、被告人に対し、脅し、すかし、泣きを入れる等の自白強要のための違法な行為があった。

〈3〉本件捜査、起訴、公判追行により、大館市議会議員である被告人の名誉は著しく傷つけられ、政治生命は失われたのであり、また、大館市長や県の職員長岐哲行の名誉が傷つけられたものであって、検察官の右行為は、特別公務員職権濫用罪、名誉毀損罪を構成するものである。

〈4〉本件の被疑者とされた者は、被告人と佐藤秀明以外にも、大館市の職員や長崎学がいるにもかかわらず、佐藤秀明の他被告人のみが起訴されていること、また、県議会議員の同種の事件が発生したにもかかわらず、警察、検察が捜査を開始したという話がないことからすれば、本件起訴は、被告人を差別して起訴した不公平な起訴である。

の点を指摘し、本件は、検察官が公訴権を濫用して公訴を提起したものであるから、公訴は棄却されるべきであると主張する。

しかしながら、検察官の起訴自体に違法な点は認められず、また、他の者との関係において、被告人をことさら不公平・不利益に取り扱うものでもないから、検察官が公訴権を濫用して起訴したとはいえない。

三  訴因不特定の主張について

弁護人は、農地法第九二条、第四条、第五条は、転用行為自体を処罰しているものではなく、知事の許可を得なかったということが構成要件とされているのであるが、本件公訴事実は、転用行為自体を実行行為の中核とし、許可を取るべき時期について明示していないものであるから、訴因の特定を欠くなどと主張する。

しかしながら、農地法第九二条、第四条、第五条は、県知事等の許可を受けずに、農地を農地以外のものにし、あるいは、農地を農地以外のものにするため権利を設定・移転することが構成要件とされているのであって、右主張は、弁護人独自の見解を前提とするものであるから、本件訴因の特定が欠けているという主張は失当である。

(犯罪の成否について)

第一  被告人・弁護人の主張の概要

本件農地法違反の成否に関し、被告人・弁護人は、概要次のとおり主張する。すなわち、本件土地の地目は、平成八年四月一日ころ、農地から雑種地に変わったものであるから、農地を対象とする農地法は、それ以後の行為に対しては適用されない。それ以前の行為について、問題とされるとすれば、被告人と大館市との間で本件土地を工事から出る土石の捨て場とするため使用貸借契約を締結したことであるが、これについては、被告人が、自己使用目的で農地を転用するというものではないから農地法第四条の問題は生じ得ず、農地法第五条の問題のみになるはずである。そして、右農地法第五条違反の点については、被告人に故意が認められず、佐藤秀明らとの共謀も認められないから犯罪は成立しない。

第二  農地転用に関する法規制

一  農地法及び農振法による規制

農地法上、農地を農地以外のものにする場合(農地法第四条)、また、農地を農地以外のものにするため権利を設定・移転する場合(農地法第五条)には、当該農地の広さが二ヘクタールを超えるときは農林水産大臣の、それ以下のときは都道府県知事の許可を受けなければならない。

これに加え、農地が、農業振興地域の整備に関する法律に基づき定められる農用地区域内にある場合には、右転用の許可を得る前提として、農用地区域内からの除外が必要である。農用地区域とは、農業上の利用を確保するための区域であり、原則として農業目的以外の開発はできないが、やむを得ず農用地区域内で農業目的以外の開発(住宅の建築等)を行う場合には、農用地利用計画を変更して農用地区域から除外(以下「農振除外」という。)したうえで行わなければならないとされている。

(一) 整備計画変更手続

この農用地利用計画の変更は、各市町村の農業振興地域整備計画(以下「整備計画」という。)を変更して行われるのであるが、その手続は概ね次のとおりとなっていた(甲125、平成元年三月秋田県農政部作成「農業振興地域制度の手引」による。)。

〈1〉地権者が市町村に対し、整備計画変更の申出をする。

〈2〉市町村は、計画変更の内容について、都市計画担当部課、その他関係する部課、農業委員会、農協、森林組合、土地改良区等の関係機関、団体との調整を行う。

〈3〉整備計画変更について、農業振興地域整備促進協議会から意見を聴取する。

〈4〉市町村は、整備計画の変更にかかる協議書及び附属資料を県(農林事務所長)に提出する。

〈5〉市町村長は、農林事務所長から計画変更について異存がない旨の回答を受けたときは、軽微な変更である場合を除き公告縦覧を行う。

〈6〉市町村長は、異議申立期間中に異議申出がなかったとき、または異議の申出があった場合において、そのすべてについて法に規定する手続を終了したときは、知事に対し、計画変更の認可申請を行う。

〈7〉市町村長は、知事からの認可書を受理した後は、遅滞なく変更した旨の公告を行う。

(右〈1〉ないし〈4〉を総称して、「農振除外申請手続」と言われていた。)

(二) 変更五要件

また、農用地区域からの除外が認められるための実質的要件(「変更五要件」と言われていた。)として、通達では次のとおり定められている。

a農用地区域外に代替すべき土地がないものであること。

b可能な限り農用地区域の周辺部の土地等、変更後の農用地区域の利用上の支障が軽微である土地を除外するものであること。

c変更後の農用地区域の集団性が保たれるものであること。

d変更後、土地利用の混在が生じないものであること。

e国の直轄または補助による土地改良事業、農用地開発事業、農業構造改善事業等によって土地基盤整備事業を実施中の区域内の土地及び当該事業が完了した年度の翌年から起算して八年を経過していない地域内の土地を農用地区域から除外するものでないこと。

二  農地法上の例外

一方、農地法第四条、第五条には、右許可を得ずとも、農地を農地以外のものにできる場合、また、農地を農地以外のものにするため権利を設定・移転できる場合が法定されている。

農地法第四条第一項第六号及び同法第五条第一項第四号に規定されている「省令で定める場合」はその一つである。右規定を受け、農地法施行規則第五条第一〇号には、「地方公共団体(都道府県を除く。)がその設置する道路、河川、堤防、水路若しくはため池又はその他の施設で土地収用法第三条各号に掲げるものの敷地に供するためその区域(地方公共団体の組合にあってはその組合を組織する地方公共団体の区域、地方開発事業団にあってはその設置団体たる普通地方公共団体の区域)内にある農地を農地以外のものにする場合」が、同規則第七条第六号には、「地方公共団体(都道府県を除く。)がその設置する道路、河川、堤防、水路若しくはため池又はその他の施設で土地収用法第三条各号に掲げるものの敷地に供するためその区域(地方公共団体の組合にあってはその組合を組織する地方公共団体の区域、地方開発事業団にあってはその設置団体たる普通地方公共団体の区域)内にある農地又は採草放牧地につき第一号に掲げる権利を取得する場合」がそれぞれ規定されている。そして、土地収用法第三条第五号には、「国、地方公共団体等が設置する農業用道路等の施設」が規定され、さらに、同条第三五号には、「前各号の一に掲げるものに関する事業のために欠くことができない通路、橋、鉄道、軌道、索道、電線路、水路、池井、土石の捨場、材料の置場、職務上常駐を必要とする職員の詰所又は宿舎その他の施設」が規定されている。

すなわち、市が設置する農道の整備事業等のために農地を土石の捨場として使用する場合、それ自体は農地転用に他ならないのであるが、これについては、農地法上の許可を要せず、地目の変更もでき、その後売買すること等について農地法は関知しない。

三  例外の仮装

しかし、右除外事由に該当する具体的事情が実際には存在しないのに、これがあるかのようにことさらに作り出して、右除外事由にかかる手続を進め、最終的に農地を農地以外のものとし、あるいは、農地を農地以外のものにするため権利を設定・移転する結果を得ることは、農地法第四条、第五条の趣旨を潜脱するものであって、同条項に違反するものであるといわなければならない。

第三  本件土地の農振除外申請の経緯

一  被告人とカナモトの売買契約交渉

1 本件土地売買契約交渉の始まり

株式会社カナモト(以下「カナモト」という。)は、建設機械等の賃貸等を業とする会社であるが、その大館営業所の敷地用地とするための土地を探しており、平成五年ころ、被告人に対し、同人の所有する秋田県大館市二井田字上四ノ羽出一二九番ないし一三四番、一三五番一の田(以下「本件土地」という。)を売ってくれるよう申し出た。被告人は、一旦その申出を断ったが、自身数千万円の負債の返済に窮しており、その資金を捻出するため自分の方から本件土地を買い取ってほしい旨連絡をして、それ以後、カナモト大館営業所との間で本件土地の売買契約交渉が始まった。

2 本件土地及び周辺の状況

本件土地は、公簿上の面積が合計九八七三平方メートルあり、農業振興地域農用地区域内にあって、周囲もほとんどが農地であるが、道路を隔てて東隣りには、元は被告人の所有田であったが売却して現在は工業用地等となっている株式会社伊藤技研及び株式会社ほくとうの敷地が存在している。これは、被告人が、平成二年九月二八日、秋田県大館市二井田字上四羽出七三番二、七四番一、七五番一の所有田を精密機械製造工業用地とするため大館市に整備計画変更の申出をし、平成三年一月一六日秋田県知事の認可を受け、農地法上の転用許可を経て、同年四月一二日右田を株式会社伊藤技研に売却したものと、同年九月四日、同市二井田字上四羽出七六番一、七七番二、七八番一の所有田を建設機械リース関係の展示敷地とするため大館市に整備計画変更の申出をし、平成四年五月一八日秋田県知事の認可を受け、農地法上の転用許可を経て、同年七月三〇日右田を株式会社ほくとうに売却したものであった。その他、被告人は、同年一一月一九日、同市二井田字大石台八番ないし一二番の所有田を運輸会社用地とするため大館市に整備計画変更の申出をしたが、平成五年三月三〇日、北秋田農林事務所の回答では、当該土地が農用地の中央部に位置し、周辺部とは言い難いなどとされたため、認可申請は行われなかった。

3 返還すべき補助金の負担についての交渉

本件土地を含む周辺農地は、それぞれ昭和六二年度から平成四年度にかけては県営土地改良総合整備事業の、平成四年度には、県単小規模土地改良事業の対象とされ、補助金を得て区画整理等が施されていたものであって、いわゆる優良農地であった。県単小規模土地改良事業については、その事業が完了した年度の翌年度から八年を経過しない転用の場合には、補助金の返還を要したが(県営土地改良総合整備事業については、本件土地が、用排水整備事業での受益面積の一〇分の一又は一〇ヘクタール以上という補助金返還の要件を満たさなかったため、返還の必要がなかった。)、被告人は、カナモトとの売買契約交渉の過程の中で、平成七年一月一七日ころ、カナモトに右補助金の返還の負担をしてほしいという話をし、カナモトは、これを承諾して、暗渠排水事業の返還分として三四四万九二〇〇円、土地改良総合整備事業償還分として九九万二一四〇円の合計四四四万一三四〇円を自社が負担することとなり、この金員を支払い、一方被告人は、同月二一日に、本件土地売買が成立しない場合には、右全額をカナモトに返還する旨の念書を書いた。

二  一回目の異議回答

被告人は、本件土地をカナモトへ売却するにあたり、同土地が農業振興地域農用地区域内にあったことから、平成六年ころ、大館市に対し、整備計画変更の申出をした(明確な日付けについては、証拠上明らかではない。)。

大館市では、被告人の整備計画変更の申出を受け、その内容について検討を行ったが、変更五要件の適合状況について、大館市では次のように判断したうえ、手続を進めた。

aカナモトの移転用地としてのまとまった土地を探したが、なかなか見つからず、やむなく本件土地とした。

b白地(農業振興地域内の非農用地区域、すなわち、農用地区域と異なり直接農業上の利用に供すべき土地の区域ではないが、農用地区域と一体として総合的に農業の振興を図ることが相当の区域であるため農業振興地域に指定されたもの)に隣接する用地であることから、変更後の農用地区域の利用上の支障が軽微である。

c白地及び市道に接しており、孤立した残存農地は生じない。

d工場用地に接しており、土地利用の混在は生じない。

e昭和六二年から平成四年にかけて県営土地改良総合整備事業を行っている。

大館市は、平成六年一二月一三日付けで、大館市農業委員会、大館市農業協同組合、大館市二井田真中土地改良区等に対し、整備計画変更案についての意見を聴取したが、いずれも本件土地の整備計画変更案について異議がない旨の回答がきた。

また、平成七年二月二日、大館市役所において農業振興地域整備促進協議会が開催されたが、本件土地については、他の利用計画及び営農計画に対して支障を与えないものと考えられるとして同意の意見が出された。そこで、大館市は、同日付けで、これら関係機関の意見を添付し、北秋田農林事務所に対し、整備計画の変更にかかる協議書を提出した。

ところが、北秋田農林事務所からは、同月二一日付けで、本件土地については、完了済み補助事業との関係を整理することなどとして整備計画変更案に異議がある旨の回答がきた。

三  再度の異議回答

整備計画変更案に対する異議回答を受け、大館市では再度検討し、同年四月一四日付けで、北秋田農林事務所に対し、整備計画の変更にかかる協議書を提出した。

しかし、県本庁農政部では、本件土地に関する再度の整備計画変更案についても異議があるという意向であった。

被告人は、北秋田農林事務所から整備計画変更案に対する回答がなかなか出なかったため、大館市市長や助役、あるいは県議会議員等に、本件土地の農振除外が早く認められるよう県の担当者に折衝してくれるよう依頼した。その依頼に応じ、それぞれが県の担当者に、本件土地の農振除外の件について尋ねたり、早く農振除外が認められるよう依頼した。

大館市長小畑元は、平成七年八月下旬ころ、県庁に出張した際、副知事に対し、本件土地の農振除外の件を含め、大館市の懸案事項についてそれらが認められるよう話した。

大館市農林課課長であり、農振除外の案件の実務上の責任者であった佐藤秀明は、平成七年七月二〇日、大館市の阿部威助役の指示で、県庁農政部へ本件土地の農振除外が認められるよう話をしに行った。佐藤課長は、当時県農政部農政課主幹兼主席課長補佐であった小野庄一郎に、本件土地の農振除外が認められるよう頼んだが、小野主幹は、農振除外は認められないという意向を示した。

阿部助役は、佐藤課長が小野主幹から断られた後、計三、四回県庁へ自ら足を運び、本件土地の農振除外が認められるよう小野主幹に頼んだ。しかし、小野主幹からは、補助事業から一定期間経過していないから農振除外は認められないと言われた。

県議会議員鈴木洋一は、平成七年六月議会の頃、小野主幹を自民党の控え室に呼び、「本件農地については、隣が農振除外になっているのに、どうしてだめなの。」と聞いたが、小野主幹は、「あの一帯は優良農地であり、ここで歯止めをかけなければなし崩し的に開発が進んでしまうので、どうしても認められません。」という趣旨の話をしていた。同年六月か九月の議会会期中に池田副知事と会った際にも、「私が相談を受けている農振除外の件で、大館市四羽出の農地について本庁の方でだめと言っているが、私としても納得できないところがある。検討してみてくれないか。」という依頼をした。また、県議会議員菅原昇も、小野主幹に、「小畑惣一郎の案件上がっていると思うけど、どうなってるか。」という趣旨の話をしたことがあったが、小野主幹は、「小畑惣一郎は、何回も出してきている人だ。優良農地を守る人ではない。ばんばん売りに出している。これは無理だ。だめですよ。」という趣旨の話をした。

このような中で、同年八月一日、大館市役所において、県農政課、北秋田農林事務所及び大館市役所の本件土地の農振除外に関する各担当者を集めて、協議会が開催された。この協議会は、県の主導で開催されたものであったが、県の意向としては、大館市に対し、本件土地の農振除外の申請をあきらめてもらおうという主旨のものであった。県の担当者からは、本件土地は基盤整備等が終了しており、周囲の状況からして、基本的に優良農地として守るべき土地であること、また、土地改良事業が終了して八年を経過していないことから、農振除外はできない旨の説明があった。これに対し、大館市の担当者は、他の地点での選定作業が不調に終わっていること、本件土地は、株式会社伊藤技研や株式会社ほくとうの隣接地であり、農用地区域の集団性が保持できない等の影響はないこと、補助金の返還については被告人の意思を確認済みであることを説明し、農振除外が認められるよう頼んだが、議論は平行線をたどった。

この協議会の後も、市側では、県の担当者との折衝を行ったが、結論は動かない様子であった。

そして、平成七年九月二五日付けで、北秋田農林事務所から、本件土地については、土地改良事業完了後八年未経過であること、また、周辺の土地利用状況から変更後土地利用の混在につながると判断されるとして、整備計画変更案に異議があるとの回答が出された。

四  農振除外申請中の被告人及びカナモトの動向

平成七年三月ころ、カナモトの本件土地売買契約交渉についての担当者であった同社大館営業所所長長崎学は、被告人に対し、農振除外の件の進捗状況について尋ねる電話をした。このとき、被告人は、四月末か五月になれば許可になるから待ってくれ、と返答をしていた。

カナモトは、同年四月一四日付けで、秋田県知事に対し、国土利用計画法二三条一項の規定に基づき、本社土地売買の届出を行った。

同年五月の連休明けに、長崎は被告人に再び農振除外の進捗状況を尋ねる電話をした。このとき、被告人は、県の農政部から口頭で承諾を得ているが、四五日から五〇日の公示期間が必要であり、七月になれば大丈夫である旨の返答をしていた。

秋田県知事からカナモトに対し、同月二三日付けで、本件土地売買に対する国土利用計画法上の不勧告通知がなされた。

そして、同年六月一八日には、カナモトが本件土地の造成工事を発注していた株式会社イトウが、その見積書を作成した。こうして、カナモト側では、本件土地の売買契約及びその後の敷地造成工事へ向けての準備が進められていた。

第四  本件手法の発案

一  はじめに

本件土地の農振除外は県の反対により認められず、後述のとおり、佐藤課長は、農振除外や非農地への転用の許可手続を経ないで被告人がカナモトへ本件土地を売却することができるよう、大館市が本件土地を土石捨て場として借り上げ雑種地として地目変更登記をした後本件土地を被告人に返すという方法(以下「本件手法」という。)を実行するに至ったものである。その発案された経緯については、佐藤課長、長岐課長及び被告人等関係者の間で供述が区々に分かれている。そこで、以下、各関係者の供述を検討することとする。

二  各関係者の供述の要旨

1 佐藤秀明の供述

平成七年九月二五日以前に、北秋田農林事務所から、本件土地の農振除外申請が認められないという連絡が担当の小林にあり、小林からその話を聞いた。

本件土地の農振除外を県で認めないという結論が実質的に出た後の平成七年九月の下旬ころ、北秋田農林事務所の長岐農務課長から電話をもらった記憶がある。長岐課長は、「どうしてもやらなければならないとして、農地法の四条をよく読んでみれ、できる手法があるんじゃないか。」と言った。そして、関係条文を教えてくれたので、電話を受け取りながらメモをした。条文は、農地法四条、同施行規則、土地収用法であった。長岐課長は、「これは、大館市が、それこそ、何としても土石置場が必要だということであれば使える。ただし、それは、私がそれをやれということは言えない。やるかやらないかは大館市が決めることだ。」、「返すときに、地目変更して返せば、農振除外が必要ないんじゃないか。」と言っていた。

それから、条文をコピーしてもらって見たが、疑問が多くて、果たしていいのかなという疑問だらけだった。

同年一〇月四日、北秋田農林事務所に行き、長岐課長に会って説明を受けた。長岐課長は、農地法、同施行規則、土地収用法の条文をコピーしたものを持って来て、それをくれた。そして、「何でその疑問が残るって、これでできるんじゃないか。」、「市が、どうしても欠くことができなくて必要であれば」、「借り上げて、返すときに地目変更してやれば、まったく目的が達成される。」、「農振除外と同じ効力、最終的には同じことになるんじゃない。」と言った。また、「こういうことでやればできるんだけれども、俺がやれって言ったと言われても困るよ。やるもやらないも、それは大館市が決めることだ。」と言った。それを聞いて、大館市が必要であるということにして勝手にやれば、県は見て見ぬふりをするという意味合いに受けとった。本件土地を大館市が公共工事の残土捨て場として借り上げる必要性は実際なかった。農地法に違反するのではないかと思ったが、監督官庁の県が黙認してくれるというニュアンスで話されたので、いいかと思った。自分の経験では、大館市が公共工事のための残土捨て場としてわざわざ私有農地を借り上げるということは、これまでにまったく例がなかった。この日、長岐課長に会ったほか、小玉所長にも会ったが、小玉所長は、鈴木県会議員も頼みに来たと話していた。農振除外が認められないことになった後だったので、鈴木県会議員は、別の方法で農振除外の目的が達成されるよう頼みに来たのだと思った。これまで、市の上層部や県会議員も動いて、本件土地の農振除外が認められるよう頼んでいたため、何とかしてあげたいということで、長岐課長がアドバイスしてきたのだと思った。長岐課長一個人の考えで自分にアドバイスしてきたのではないなとも思った。

同日、大館市役所に戻ってから、長岐課長からのアドバイスを佐々木産業部長に報告した。佐々木部長には、もらって来たコピーを増し刷りして渡し、農地法四条、同施行規則、土地収用法の条文を使えば大丈夫だと言われたこと、自分がやれと言ったと言われては困る、やるかやらないかは大館市が決めることだと念を押されたこと、本件土地を借りて、返す前に地目を変更すれば、被告人が農振除外の申請を却下されても同じ効力があるから目的が達成されると言われたことなどを伝えた。佐々木部長は、「それでできるごったば、それでやってやればいい。」と言った。

佐々木部長に報告をした後、部長に渡した同じコピーを持って、佐々木部長と一緒に阿部助役へ説明に行った。阿部助役には、佐々木部長へと同じ説明をした。阿部助役は、「だったら、それでやってければいいねが。」と言った。

以前、同月三日、市長と能代へ出張した際、市長にも、大館市がどうしても必要だということにして本件土地を残土置き場として使い、返すとき地目変更して返せば、農地転用ができるという説明をした。市長は、「大丈夫だか。それ県にもう一回確かめてみたほうがいいよ。」と言った。そのため、その後長岐課長へ説明を受けに行ったのであった。

同月六日、自分が呼んだわけではないのに、被告人が農林課へ来た。「県でなんとかできると言っているんでねが。」という切り出し方だった。そして、「それでできるんだったら、もっと早くやってくれればよかったでないか。やってけるんだば、自分でもなんでも協力するから、なんとかしてくれ。」と言った。自分から被告人に、大館市が残土捨て場を必要としているので、被告人の土地を残土捨て場として貸して下さいと言ったことはなかった。大量の土砂が出る云々ということも一切言っていない。その日に、被告人と一緒に長岐課長に会うため、北秋田農林事務所に行った。自分は、「農地法を利用した、土地収用法を活用した土地の借り上げで、その収用法の部分には、農業用道路とあるけれども、真中の集落環境整備が明記されてなかったため、それを確かめなければならない。」と被告人に言ったところ、被告人も聞きたいことがあるから一緒に行こうということになり、被告人の車に乗せてもらって行ったのであった。長岐課長は、前にもらったと同じ条文のコピーをくれた。それで、また同じような説明を受けた。そのとき、被告人は、自分の隣に座り、話を聞いていた。北秋田農林事務所からの帰りの車中で、被告人に対し、「借りるにつけても、私のほうは、その金は払えないよ。予算が全然ない。」と言った。被告人は、「うん、なんでも協力するから、いいからやってくれ。なにも、自分で金なにももらう必要もないし、そういうふうに地目変更して返してくれれば別にほれ、金とかそういうのを私要求するのじゃない。」と言った。その後、被告人から、本件土地に関し、金を出してくれと言ってきたということはなかった。被告人から、どこの工事の残土を捨てるのかということを聞かれたことはなかったし、どうしても土砂捨て場として本件土地が必要なのかということを聞かれたこともなかった。また、「土砂捨て場にするが、どれくらいの土が入るか分からない。」と言うと、被告人は、「土の量なんて別に俺何も問題でね。地目変更して返してくれればいい。」と言っていた。

2 長岐哲行の供述

平成七年九月末か一〇月初めころ、大館市役所に会議のため出張した際、佐藤課長と農地法の例外規定の話をした。市役所での会議が終わった後、佐藤課長のいる部署に行くと、佐藤課長が、座わってくれと言い、お茶を一杯御馳走になった。その際、農振除外の話が出て、佐藤課長が、県や市町村が公共事業で農地を転用する場合には農地法の許可を取っていないが、それはどうしてかと聞いてきた。

そのときは、農地法四条、五条については例外があり、農地法四条、五条の一項の終わりに次の各号の一に該当する場合はこの限りでないと書いていることなどを説明した。市役所にあった農地六法を持ってきてもらい、その中の条文を示し、簡単に説明した。農地法四条、五条と、例外規定を受けた農地法施行規則、農地法施行規則を受けた土地収用法の説明をした。土地収用法三条の各号に掲げる場合ということで、土石捨て場、資材置場なども該当することなどをお互い確認をした。ただ、すぐ土石捨て場の話になったわけではなく、空港等他の施設の話をしながら、許可を必要としない事業の話をし、その中で、土石捨て場もその対象になる旨の話になった。そこに至るまでには大分時間がかかった。一回目の話は、結果的に曖昧に終わった。

平成七年一〇月初め、佐藤課長が北秋田農林事務所に一人で来た。佐藤課長は、先日大館市役所で話したことについて、詳しく教えてもらいたいと言ってきた。六法の農地法四条、五条、施行規則、土地収用法三条の該当条文を拡大コピーし、それを示しながら説明した。土地収用法三条については、どういう事業が該当になるかということと、佐藤課長は、土石捨て場、資材置場も該当になるかという話であったので、土地収用法三条三五号を見ると、三四号までに書いてある公共事業の遂行のため必要であれば、資材置場、土石捨て場も、農地法の許可は要らなくなるという話をした。土地収用法の場合は、土地を買収するときだけ対象になるのか、借りる場合も対象になるのかという確認を受けたので、土石捨て場を大館市が借りるという話も出ていたと思う。佐藤課長との間で、雑種地という言葉は出ていたと思う。雑種地として戻すという話ではなく、結果として雑種地になるという話が出ていた。そのとき、自分は、「法律上は市が必要であれば、事業遂行に必要であれば、農地法の許可なしに土捨て場に使える、あるいは材料置場に使えるということだけれども、法律的には条文上は問題はないけれども、私たち農業を守る立場からいけば好ましいことではない、ただ公共事業のメリット、農地がつぶれるデメリット等々を総合的に勘案して市が判断することだ、市が判断したことに対しては、農地を守っている私達サイドとしては、どうのこうの言えないけれども、少なくとも好ましいことではない。」、「私がやれとか、やる、やったほうがいいといったような、いうようなことはまったく困る話だ、条文上要件を満たしたにしても、農地がつぶれるというデメリットがあるわけだから、それを、条文上大丈夫だから、仮に公共事業があって土が一杯出てきて投げても好ましいことではない、ただ好ましくないけれども、違反になるかならないかといえば、私方はなにも言えない、市が公共事業のためにやるのであれば、それは私方はやむを得ない、残念ながらのまざるを得ない。」と言った。

その二日か三日後に、佐藤課長と被告人が、北秋田農林事務所に来た。事務所のソファーに、自分と佐藤課長が向かい合って座り、どちらの隣か記憶はないが、隣に被告人が座っていた。最初、鶏の加工の話等をし、その後、農振除外が認められなかった話を簡単にした。その話の合間に、佐藤課長が、集落排水事業も土地収用法三条の該当事業なのかという確認をしてきた。自分は、県本庁の農政部農地課に電話をし、その結果、その事業についても三二号に該当するということを聞き、その旨説明した。佐藤課長が持ってきたコピーだったか、自分から農地六法を出したか分からないが、机の上に関係する法律の条文を出して、それで説明していった。そして、前回と同じような説明をし、「条文上は、制度上は許可不要になっているけれども、決して勧める内容ではない、市が土捨て場として使うということは、条文上は例外規定で許可不要だとしても、私は勧めるものではないし、やれというものではない。」などと言った。佐藤課長と被告人は、一緒に居て、一緒に帰ったという記憶である。

3 被告人の供述

平成七年九月二〇日前後ころ、大館市議会終了後に、佐藤課長のいる農林課を訪ねた際、佐藤課長から、農振除外申請が認められないということを聞いた。県単の暗渠排水事業をやってから八年未経過だということが認められない理由と聞いた。その後、議会会期が終わると、稲刈り作業に入ったため、しばらく大館市役所には行かなかった。

農作業が終わった後の同年一〇月六日、教育委員会に用事があり大館市役所に行ったが、教育委員会に行くためには、農林課を通って行かなければならないので、そこを通りかかると、佐藤課長に呼び止められた。そして、佐藤課長に、「真中地区のふるさと農道整備事業と集排事業で土石が出るから、その土石捨て場が必要であって、そのために自分の土地を貸してくれ。」と頼まれた。自分の土地の中で大型車が入るところといえば本件土地しかないし、距離が近いということもあるので、その土地というのは本件土地だと思った。「貸してくれと言っても、転作にも減反にもならないのではないか。」と言うと、佐藤課長は、「土地収用法でやりたいから貸してくれ。」と言った。そういうことができるのかと訊くと、佐藤課長は、それでできるということを言った。最終的にどうなるのだということを訊くと、佐藤課長は、地目変更までできると言っていた。地目は田から雑種地に変更するということであった。そして、一連の手続は市で行うと言った。

その後、佐藤課長から、阿部助役に会ってくださいと言われたため阿部助役に会うと、同人は、「佐藤課長から自分の田を真中地区の事業で土石捨て場として借りたいという説明を受けており、土地収用法を適用して行うということで、距離も真中地区から近いということだから貸してほしい。」と言った。佐藤課長は、県の指導とは言わなかったが、阿部助役は、県の指導もあると言った。阿部助役は、地目変更して返すということは言っていなかった。県の指導と言ったので、自分も協力すると言った。自分が本件土地を貸すことによって、市の事業が円満に遂行でき、自分にとっても最終的には雑種地になるということだから、双方のメリットになることだと思った。

助役室から再び佐藤課長のところに戻り、佐藤課長には、「県の指導もあるということだから、自分も協力する。」と言った。その後、佐藤課長が小畑勝明に、地目変更が収用法でできるかというようなことを訊いたが、小畑勝明は、市で買収するのであればできるが、借りるのであればできないのではないかというようなことを言った。佐藤課長は、小畑勝明と議論していても分からない、事務所の課長だと分かると言った。事務所というのは北秋田農林事務所ということだったので、同事務所に行ってみようと提案した。佐藤課長も行くと言った。自分は一旦教育委員会に行き、戻ってきて、佐藤課長と二人で自分で車を運転し北秋田農林事務所に向かった。時間は、午前九時から一〇時の間だったと思う。

北秋田農林事務所に入り、次長席の前のソファーで、長岐課長に、「土地収用法で田から雑種地にするということはできるのか、農地法違反になるのではないか。」と訊くと、長岐課長は、「それは法律の知らない人の話だ、それはできる。」と言った。自分はそれを確認すればよかったので、その話はそれで終わった。行ったついでに比内鶏の話もし、自分の話は五分もかからなかった。その後、長岐課長と佐藤課長が体を寄せて話をしていたが、長岐課長と佐藤課長との間で、農地法や土地収用法の話をしたということは聞いていないし、自分は条文のコピーももらっていない。その後、長岐課長が席を立ち、佐藤課長も他の人と話を始めたので、自分は、先に車に戻った。

被告人は、長岐課長から、本件土地が雑種地になり地目も変更されると聞いたことから、大館市に帰ってくる車中で、佐藤課長に対し、大館市に本件土地を土石捨て場として貸すことを承諾した。

4 長崎学の供述

平成七年一〇月五日、被告人から電話がきて、最終的に本件土地の農振除外が認められなかったという報告を受けた。その際、被告人は、「大館市のほうから、土地を残土捨て場で貸してくれないかという伺いが今出ている。で、それ残土捨て場で貸して、土が入れば公共的なものになるから、地目が雑種地に変わる。」と言っていた。そう言われても、ぴんとこないし、分からない、という返答をし、まず本社に報告すると告げて電話を切った。

本社にはすぐ報告しようと思ったが、塚田部長がその日不在だったため、二日後に塚田部長に電話をした。その一両日空いた中に、被告人が大館営業所を訪れた。被告人は、今まで時間がかかったことを詫びた後、「市のほうから残土捨て場でなんとか貸してけれっていう伺いがきていて、それをまず貸すことにした。で、それ貸せば、そこの土地が公共性のある土地になって、いわゆる行政のほうで道路を拡幅するときとかと同じ扱いになる。その土地が四月一杯くらいで雑種地になる。雑種地になれば、おめだ開発できる土地だし、そのときに売買すべ。」と言った。自分は意味が分からず、「また農転とかいろいろそういう業務をしなきゃいけないんじゃないか。」と訊いたところ、被告人は、「いやいや、もう、はぁ、農転の申請は何もいらない、それとこれは別だから。農振は許可なるし、農転の申請もいらない。」と言った。そのとき、被告人は、法律的根拠を明らかにしなかったし、土地収用法ということも言わなかった。それでも、「やはり分からない。何が何だかよく分からない。」と言うと、被告人は、「この方法には、副知事をはじめ、県議会議員の鈴木洋一、それから、大館市長方が参画しているんだよ。で、俺と大館市長は親戚関係だし、だから大丈夫だ。」と言った。被告人は、将来会社で使う入口の場所に残土捨て場の入口を造るという意味のことを言っていた。何の残土かと訊くと、真中のほうでやっている下水道事業での残土が入ると言っていた。また、土は結構入るから、開発するとき土を入れる必要がないということも言っていた。ずっと農振除外にならないという報告を受けてきて、最終的に農振除外が認められなかったにもかかわらず、タイミングよくこのような話が出てきたので、政治的な策略で何とかしようと思っていると感じた。被告人の話を一通り聞き終わってから、本社に連絡してまた返答しますので今日はお帰り下さいと言って帰ってもらった。その後、本社の塚田部長に電話で報告し、同月七日か九日に報告書を作成し、同月一一日にそれをファックス(甲88)で送信した。右ファックスには、次のような文章が記載されていた。

「(農業振興地域除外の件)

去る一〇月五日に移転予定地の地主である小畑氏から連絡がありまして、今件の農振除外が最終的に不可能となりました。(書類にて)

経緯を述べますと、本来、本年の五月の段階で秋田県農政部から口頭にて了承の報告を地主が得ており、四五日間の公示期間を経て、正式な書類での認可という形式の予定でしたが、公示期間中に、住民の反対派からの陳情や県の見直しが発生し、七月正式認可の予定が八月末、そして一〇月と延び延びとなり、今回、最終結論となったわけです。小畑氏から「必ず大丈夫」と報告を受けておったので延び延びの中、農振の除外を確信しておったのですが、以外な結果となり何と申してよいのか、、。本当に申し訳ありません。

本年度の二〇〇〇坪超の農振除外申請は、大館比内地区で当社予定地を含む四カ所ありました。総てが市、町の農業委員会の了承を得て、総てが県から除外の認可を得れる予定でしたが、県知事の選挙公約の中、農地特に水田の保護の姿勢が今年に入り益々強化され、総てが却下されたとの事です。中でも比内町農協のカントリーエレベーターの申請地の約二五〇〇坪も却下されました。農協という立場及び公共性から鑑み認可されて当然の所さえ不可と判断されております。

そこで、小畑氏の方から陳謝の上、別策を模索し提示されました。小畑氏が大館市へ現移転予定地を下水工事の残土捨て場として無償貸与して、来年の四月頃無償契約を解除して、その段階で「農地」から「雑集地」に土地区分が変わるというものです。農地の転用の許可も不必要で、また移転予定地の入り口も雑ながらほぼ希望の位置に付き二四条申請も不必要、そして開発行為を起こすことで建設可能という方法です。この方法で行きますと来春の四月頃開発行為を起こし、年内オープンが可能と考えます。当初の移転計画から半年ぐらい建設が遅れますが、現段階では、この方法により農振が除外され、雑集地になるのを待つしか無いので、ご承認頂きたいと考えます。しかしながら、この方法には、副知事を筆頭として県議会議員、市長も参画しており、「雑集地」となる根拠を明文化するものが無く、政治的策略でもって可能にする様子です。その過程において当社は無関係であり、現予定地が「雑集地」となった段階を根拠として考えたいと思います。また万が一農地からはずれない可能性をも考え、土地事情が悪い地域ながら、工場跡地等を探してみるという、二つの方向から再度模索したいと考えます。

(追記)

1、隣接する水田の持ち主が今件の反対陳情の一派であるので、開発行為申請の際に「絶対に印をおさない」と豪語しているらしく、予定地の奥行きを七m程縮小して小畑氏との隣接という方法を取らなければならなくなります。

2、移転予定地に下水工事の残土(おもにシラス、砂利)が入ってしまうので盛り土工事の際に多少不安な部分があります。

3、移転予定地の農業振興地域除外の申請の際に、補助金四、四四一、三四〇円を地主に支払いをしておりますが、上述において万が一農振がはずれ無く、「雑集地」にならないで、「農地」のままである時に返還させます。

〔以下は手書きである〕

一〇月五日に地主から報告を受けておりましたが、話の内容が、あまりにも簡略すぎたのと、「根拠」なるものを調査した上で報告しなければならないと考え、ある程度、不明部分を理解致しましたので報告致します。」

5  小林一宏の供述

平成七年九月二〇日、佐藤課長から、明日一緒に北秋田農林事務所に行ってくれと言われた。翌二一日、佐藤課長と二人で農林事務所に出張した。所長室に通され、長岐課長、佐藤課長、自分が居るところで、長岐課長が、「今回の農振の変更協議については、もう時間がかなりたっているので、そろそろ回答を出さないといけない。」と言い、その後、話の流れははっきり覚えていないが、農振法と農地法の許可を要しない部分についての説明を受けた。何でこういう話になるのだろうと、突然のように感じられた。長岐課長は、農振法の許可を要しない条項を簡単に読んで、同じように、農地法の中の許可を要しない部分の条項を読んで説明をしていた。長岐課長が説明した法律は、農振法、農地法、土地収用法であった。農振法の許可を要しない部分の中に、土地収用法があり、その土地収用法の中にも、市や国や県が行う公共の事業があって、その公共の事業の種類が、土地収用法の中にいくつかあるという説明であった記憶である。土石の捨て場にする場合には、農地法の許可がいらないという説明があったことを覚えている。理由は覚えていないが、この話は、本件土地のことだと思った。長岐課長は、六法を見ながら説明をしていたが、そのコピーをもらったということはなかった。自分は、メモを取りながら聞いていた。話を聞いているとき、佐藤課長の様子に変わったところはなかった。帰りの車の中で、長岐課長から聞いたことについて話はしなかった。その後、佐藤課長から、農振法と農地法の条文のコピーを頼まれたことがあった。

6  阿部威の供述

本件土地の農振除外が認められないこととなった平成七年九月二五日の後、佐藤課長から、誰とは言わなかったが農林事務所の人に、公共の用に使って土を埋め立てれば何かできるということを聞いてきたという話を聞いた。大館の場合、集落排水事業のようなものが多く、土を捨てるところがなく、たまたま本件土地が近いからそこに土砂を捨てるということであった。地目変更という具体的なことは言わなかった。土地収用法を使ってやるという話もなかった。公共の用に使う場合に、農振地域の解除は県の許可を得なくてもよいということは知っていたから、そうなのかと思ったが、「市長にだけは話しておきなさいよ。」と佐藤課長に言った。

佐藤課長から話を聞いた後、いつだったかは覚えていないが、被告人に対し、佐藤課長が土砂捨て場として土地を借りると言っていると話をしたことがあった。被告人は特に何も言ってこなかった。

一〇月六日朝には大館にいた。この日は、午前一〇時半に秋田県庁に出張しているので、一旦大館市役所に登庁したかどうかは覚えていないが、午前八時半ころには自家用車で大館市を出発したと思う。

三 検討

右各関係者の供述相互の符号状況及び他の証拠による裏付けの存否等を検討した結果、必ずしも真相が明らかになっているとは言い難いが、少なくとも以下の事実を認定することができる。

1  平成七年九月二一日、佐藤課長は、部下の小林一宏を伴って、北秋田農林事務所の長岐課長を訪ねた。このとき、長岐課長は、本件土地の農振除外についての回答が遅れているので、そろそろその回答を出さなければならない旨話をした。それから、長岐課長は、農振除外や農地法上の許可手続を経ずに農地を非農地とする方法があると言い、農地法や土地収用法の該当条文を示しながら二人に説明した。小林一宏の供述によれば、右条文の説明は、唐突に始まったというのであり、右小林は、その前後の会話の脈絡については詳しく記憶していないという。

右の事実について佐藤課長の供述では一切触れられていないが、北秋田農林事務所への出張に関する平成七年九月二一日付け支出伝票(甲75)及び小林一宏作成のノート(甲179)の存在により裏付けられている。

その後の同月二五日、前述のとおり、北秋田農林事務所から、本件土地については、土地改良事業完了後八年未経過であること等を理由として、整備計画変更案に異議があるとの回答が出された。

前述のとおり、佐藤課長の供述によれば、本件土地の農振除外を県で認めないという結論が出た後の平成七年九月下旬ころ、長岐課長から電話をもらい、初めて本件手法を教示されたといい、長岐課長の供述によれば、平成七年九月末か一〇月初めころ、大館市役所に会議のため出張した際、佐藤課長から、農地法の許可を受けずに農地を転用する場合について訊かれ、本件手法にかかわる土地収用法等の条文を教えたといい、両者の供述はくい違っており、さらに、佐藤課長の供述は、右九月二一日の北秋田農林事務所での話に言及されていない。結局、最初に本件手法を発案した者が、佐藤課長なのか、長岐課長なのか、あるいはそれ以外の者であるのか、その真相は不明であるといわざるを得ない。

2  同年一〇月三日、佐藤課長は、農業農村対策大綱に関する市町村長との意見交換会に出席するため、大館市長小畑元に随行して能代に行ったが、その際、佐藤課長は、右小畑市長に対し、本件土地を土石捨て場として使用したいから被告人から借り上げる旨の話をした。

右佐藤課長の供述は、平成七年一〇月三日付け小畑市長の日程表(甲104)及び小畑市長の供述により裏付けられている。

3  同年一〇月四日、佐藤課長は、北秋田農林事務所に長岐課長を訪ね、農地法の例外等について詳しい説明を求めた。長岐課長は、農地六法から、農地法四条、五条、同法施行規則、土地収用法三条等の該当個所を拡大コピーし、それを示しながら、公共事業実施のため必要であれば、農地を資材置場や土石捨て場にする場合には農地法の許可がいらないこと、その結果として農地は雑種地になること、あくまで、農地が潰れる不利益と公共のためという利益を勘案して、必要ある場合にできることなどを説明した。

右事実については、佐藤課長及び長岐課長の供述が一致している。

4  同年一〇月五日、被告人は、カナモト大館営業所の長崎に電話をし、本件土地の農振除外が認められなかった旨連絡した。その際、被告人は長崎に対し、大館市から、本件土地を土石捨て場として貸してほしいという伺いがきていること、土石捨て場として貸して土が入れば、本件土地が雑種地になることなどを話した。

右長崎の供述について、被告人の供述には触れられていないが、長崎の供述は、長崎が本社宛てに送信したファックス(甲88)の存在により裏付けられている。

5  同年一〇月六日朝、被告人が佐藤課長の机のところに来て、「県でなんとかできると言っているんでねが。」と切り出し、「それでできるんだったら、もっと早くやってくれればよかったでないか。やってけるんだば、自分でもなんでも協力するから、なんとかしてくれ。」などと言った。佐藤課長は、集落排水事業が土地収用法に該当するのか長岐課長に確かめるため、そのことを被告人に言うと、被告人も聞きたいことがあると言ったことから、二人は一緒に北秋田農林事務所に行くことになった。

右は、佐藤課長の供述であるが、これに対し、被告人は、前述のとおり、同日、教育委員会の職員に用事があって市役所に行き、農林課を通った際、佐藤課長に呼び止められ、このとき初めて、真中地区のふるさと農道整備事業等から土石が出るのでその土石捨て場として被告人の土地を貸してくれないかと言われたこと、その際、土地収用法を使うということや、地目変更をして雑種地になるということを聞いたこと、また、その後で阿部助役に会ってくれと言われ、阿部助役の部屋に行ったことなどを供述している。

しかしながら、前記認定のとおり、既に被告人は、この日の前日に、長崎に対し、大館市から本件土地を土石捨て場として貸してほしいと言われていることを話していること、前述の阿部威の供述によれば、当日阿部助役は、遅くとも午前八時三〇分ころには大館市を出て秋田市に向かっていたことが認められ(右供述は、甲115号証、104号証により裏付けられる)、また、被告人と佐藤課長が、北秋田農林事務所に向かった時間が、同事務所での会話の時間やそこを出た時間から推測して早くとも午前八時三〇分過ぎであったと認められ、したがって当日被告人と阿部助役は会うことができなかったと認められることからすれば、被告人の右供述は他の証拠と矛盾しているといわなければならない。

北秋田農林事務所では、ソファーに佐藤課長、被告人、長岐課長の三人が座り、話が始まった。最初、被告人は、鶏の加工の話をした。その話の合間に、佐藤課長が、集落排水事業についても土地収用法三条の該当事業なのかということを確認した。長岐課長は、その場で、県本庁に電話をして訊き、土地収用法の該当事業になるということを説明した。また、この日も、農地六法の条文を示しながら、同月四日と同じような説明をした。

北秋田農林事務所からの帰りに、佐藤課長が被告人に対し、「借りるにつけても、私のほうは、その金は払えないよ。」と言ったところ、被告人は、「うん、なんでも協力するから、いいからやってくれ。なにも、自分で金なにももらう必要もないし、そういうふうに地目変更して返してくれれば別にほれ、金とかそういうのを私要求するのじゃない。」と言った。

右事実については、佐藤課長、長岐課長及び被告人の供述が概ね一致しているところである。

6  同年一〇月六日あるいはその翌日、被告人は、カナモト大館営業所に長崎を訪ねた。被告人は、同月五日と同様、本件土地の農振除外が認められなかったことを伝え、これまで長い時間待たせたことを詫びた後、本件土地を大館市に対し土石捨て場として貸すことにしたこと、そして、本件土地が四月いっぱいくらいで雑種地になることを伝え、雑種地になればカナモトが開発できるから、そのときに売買をしようと話した。長崎が被告人に対し、農地転用等の手続が必要なのではないかと訊くと、被告人は、「農振は許可なるし、農転の申請も要らない」などと答えた。また、この話の際、被告人は、この方法には、副知事をはじめ、県議会議員や大館市長が参画しているから大丈夫である旨の話もした。

右事実については、長崎が本社宛てに送信したファックス(甲88)の存在により裏付けられているというべきである。

7  以上の事実関係に照らせば、被告人は、遅くとも同年一〇月五日までには、佐藤課長以外の誰かから本件手法の概要を聞き知っていたこと、同月六日には、佐藤課長及び長岐課長との会談を経て、大館市側が本件手法を実施していくことを知ったこと、自らもそれに協力する旨申し出たことを認定することができる。

第五 本件手法の実施

一  土地使用貸借契約の締結

その後、佐藤課長は、自分の部下である市農林課農業経営係小林一宏を呼んで、同人に対し、「小畑さんの農地だけど、農振の除外を必要としない方法が幾つかあって、市が土捨て場として使うのであれば、農振除外は必要ない。小畑さんと話し合って、そういうことで借りる事にした。市の集排工事の土砂捨て場で使いたいから、契約書を作ってけれ。無償だ。」などと言って、被告人と大館市との間の本件土地の使用貸借契約書を作ることを命じた。

小林一宏は、契約書案を作成し、原議書を付けて同年一一月二二日決裁に上げた。契約書案においては、契約期間終了後は原状に復して返還する旨の条項が入れられていたが、佐藤課長の指摘により、その条項は、被告人はその後の利用上の観点から貸付物件を原状に復することを求めない旨に改められた。

決裁後、佐藤課長は被告人を大館市役所に呼び、そこで、被告人は両当事者分の二通の土地使用貸借契約書に押印した。こうして、平成七年一一月二二日付けの使用貸借契約書が作成された。この契約は、使用目的が大館市施行の工事に伴う残土置場、貸付期間が平成七年一二月一日から平成八年三月三一日まで、また前述のとおり、貸付期間満了後に原状回復を求めないという内容のものであった。

二  地目変更登記の承諾

平成七年一一月ころ、佐藤課長は、自分の部下である市農林課土地改良係小畑勝明を呼んで、同人に対し、土地収用法三条三五号の条項を見せながら、その条項により被告人所有の本件土地の地目変更が可能かどうかを確認してほしいと頼んだ。

これに対して、小畑勝明は、市に代位原因があるかどうかを尋ね返したが、佐藤課長は、被告人と大館市との間で使用貸借契約を結んでいるから大丈夫だと答え、その契約書を見せた。

その後、小畑勝明は、秋田地方法務局大館支局を訪ね、登記官に対し、市の収用事業の関係で土地を借り、そこに土石を捨てる場合、市が代位して地目変更登記ができるかどうかを尋ねた。登記官は、所有者が承諾しているのであればいいのではないか、そのために承諾書を添付したほうがよい旨答えた。小畑勝明は市役所に戻り、佐藤課長に登記官の話を報告した。

そして、小畑勝明は、平成七年一一月二二日付けの「私所有の土地を平成七年一一月二二日土地収用法第二条及び第三条第三五号に規定するふるさと農道緊急整備事業、工事用土石捨て場として貸付したので、これに伴う地目変更登記嘱託に関する一切の件を承諾いたします。」という登記承諾書を作成し、被告人は、この承諾書に、同年一二月ころ押印した。

三  土石投棄へ向けた動き

平成七年一二月二〇日過ぎころ、佐藤課長は、自分の部下である市農林課課長補佐野呂秋男を呼んで、同人に対し、本件土地の地図のコピーを渡し、「下川原のふるさと農道出川地区の工事現場から出た残土を小畑惣一郎さんの田んぼに捨ててくれないか。」などと言って、本件土地に工事で出た残土を捨てるよう命じた。

右工事は、ふるさと農道緊急整備事業出川地区第〇一四〇一号工事であり、合資会社石戸谷建設が請け負い、平成七年九月二九日に着工していたものであったが、野呂秋男は、同年一二月ころは冬期間であり、残土が出ないことが分かっていたことから、それまで残土を捨てていた児童公園横の土地の管理者に連絡して、今後は土を運べなくなる旨伝えた他は、業者に特別指示を出すことなく日が経過していった。

年が明けて、平成八年になると、被告人は、佐藤課長の席を訪れ、本件土地に早く土石を入れてくれるよう頼んだ。土石が出ないと言うと、被告人は、「俺も何とか手配して土を入れる。」と言ったこともあった。また、被告人は、市長室を訪れ、市長に対し、本件土地に土石が投棄されていないことについて苦情を述べた。市長は、佐藤課長を呼んで事情の説明を求めたが、その際、被告人は佐藤課長を指して、「これ方、なんもやる気ね。」などと言ったのに対し、佐藤課長が、「そう言われたって、右から左、ねえもの入れられるか。」と言うやり取りがあった。被告人は、佐藤課長が不在の際に、佐々木成一産業部長にも、本件土地に土石が入っていないことについて、「おめ方、何してるんだ。」と言ってきたことがあった。野呂秋男は、佐々木成一産業部長や佐藤課長から、早く土石を入れるよう命じられ、被告人自身からも同様の依頼をされた。そして、佐藤課長は、野呂秋男に対し、「集排の土も入れたらどうだべな。」とも言った。これは、真中地区集落排水(第〇五三〇六号)集落環境整備(〇二三〇四号)工事及び真中地区集落排水(第〇五三〇七号)集落環境整備(〇二三〇五号)工事であり、花岡土建株式会社が請け負い、平成七年九月二九日に着工していたものであった。

そこで、野呂秋男は、平成八年三月五日、石戸谷建設の石戸谷伸及び花岡土建の福岡藤秋を大館市役所に呼び、今後各工事から出た残土を、本件土地に捨てるよう依頼した。

同年三月上旬、被告人に長崎から電話があり、長崎が、「何も土、入ってねすね。」と言うと、被告人は、「今、盛るってらな」(今、盛ると言っている)と言った。

四  土地使用貸借契約期間の延長

前述のとおり、本件土地の使用貸借契約期間は、平成八年三月三一日までであったが、同月末ころになっても、本件土地にはあまり土石が入れられていなかったため、小畑勝明は、佐藤課長に対し、このままでは登記変更の申請はできないこと、また、使用貸借契約が平成七年度で終了し、その後は代位原因がなくなることを話した。これに対し、佐藤課長は、契約を更新するつもりである旨答えた。

佐藤課長は、小林一宏を呼んで、本件土地に土石を入れるために使用貸借契約を延長しなければならないと言い、変更契約書を作成するよう指示した。小林一宏は、使用貸借契約期間を平成八年五月三一日までとする土地使用貸借変更契約書を作成し、日付を溯らせて平成八年二月二二日付けとした。

五  地目変更登記(雑種地への変更)

被告人は、佐藤課長に、平成八年五月までに本件土地の地目変更ができるよう頼むと言っていた。

佐藤課長は、同年四月ころ、小畑勝明に、本件土地の使用貸借変更契約書を見せた。小畑勝明は、五月三一日では残土の発生に間に合わないと思い、それで大丈夫かと聞いたが、佐藤課長は、被告人が急いでいるため、どうしても五月中にやらなければならないから、これでしょうがない旨の話をした。

その後しばらくして、佐藤課長は、小畑勝明に対し、本件土地に土が入ったから見に行ってくれないかと頼んだ。小畑勝明は、平成八年五月八日、本件土地の状況を見に行った。小畑勝明が見た限りでは、入っている土砂の量が少なく、このまま変更登記の申請をしても、認められるかどうか五分五分ではないかという感想を持った。小畑勝明は、市役所に戻り、佐藤課長に対し、本件土地へ入っている土石の量が少ないことを報告し、土石が本件土地の一方に片寄っているからそれをならすように進言した。佐藤課長は、分かったと答え、多少土石を追加するから、もう一度見に行ってくれるよう頼んだ。

数日後、小畑勝明は、再び本件土地を見に行ったが、そのときは土石がならされており、多少土石も増えていたものの、変更登記が認められる可能性は以前と同様ではないかと思った。市役所へ戻り、佐藤課長にそのことを報告したところ、佐藤課長は、それでも構わないから、変更登記申請を出してみてくれるよう小畑勝明に命じた。

同年五月一四日、農林課から管財課に本件土地の地目変更登記手続の依頼がなされ、同月二一日、大館市が被告人に代位して、本件土地の地目変更登記の嘱託をした。

翌二二日、法務局の調査担当官が実地調査をし、申請のとおり相違ないことを確認し、地目が雑種地に変更された。

六  本件土地の売却とカナモトの敷地造成工事

被告人は、平成八年五月二八日、雑種地に変更された本件土地の登記簿謄本の交付を受けた。そして、このころ、カナモトの長崎に電話をして、本件土地の地目が雑種地に変更された旨連絡した。

その後、カナモトでは、大館市二井田真中土地改良区に対し、宅地造成に同意してもらいたい旨の申請をし、その同意を得るなどして、平成八年一二月一七日、カナモトと被告人との間で、本件土地(但し、本件土地のうち、一二九番の土地は、一二九番一及び一二九番二に分筆され、一二九番二のみ売買契約の対象とされた。以下においては、分筆前後いずれの場合も含む趣旨で「本件土地」という。)の売買契約が成立し、同日、カナモトから被告人に代金が支払われ、同月一九日、移転登記が了された。そして、カナモトでは、平成九年一月一三日ころから、本件土地の造成工事を始め、同年四月一四日ころまでには、既に投棄されていた残土の上に約一万五九五〇立方メートルの土を入れ、高さが一・三四ないし一・九六メートルまで盛り土し、造成工事が完了した。

第六 被告人の本件犯行への関与

一  本件犯行の評価

農地法第九二条・第四条一項の無許可転用罪は、法定の除外事由がないのに、許可を受けずに農地を農地以外のものにした場合に成立するものであり、また、農地法第九二条・第五条一項の無許可権利移転罪は、法定の除外事由がないのに、許可を受けずに農地を農地以外のものにするため権利の設定・移転をした場合に成立するものである。

前述のとおり、本件土地には、盛り土がなされて造成工事が施されており、本件土地である農地の肥培管理を不能もしくは著しく困難ならしめ、耕作の目的に供される土地とは言い難い状態にしているもの(最判昭四一・五・三一集二〇・五・三四一)であるから、「農地を農地以外のものにした」といいうるものであり、かつ、そうすることについて、本件で必要とされる秋田県知事の許可は受けていない。また、これも前述のとおり、被告人は、本件土地の所有権をカナモトの敷地とするため同社に売却し、そうすることについて、本件で必要とされる秋田県知事の許可は受けていない。

ところで、これも前述したとおり、農地法、同施行規則及び土地収用法によれば、市が設置する農道の整備事業等のために農地を土石の捨場として使用する場合には、農地法上の許可を要しないこととされており、本件土地は、まさに、大館市が、農道整備事業等のための土石の捨て場として必要だとして借り上げ、その目的どおりに使用したものであり、法定の除外事由に形式的に該当するものである。

しかしながら、そもそも、右農地法、同施行規則及び土地収用法に規定されている除外事由の趣旨は、地方公共団体が強い公益上の必要があるとして行うものであるため、あえて農地法上の農林水産大臣や知事の許可を受けさせる必要はないとされたものと解されるところ、前述のとおり、本件においては、客観的には、当時大館市では、本件土地を土石捨て場として借り上げる必要がまったくなかったのであり、ただ単に農地法の規定を潜脱して本件土地を雑種地にする目的のために利用したに過ぎないものであるから、除外事由として定めた右規定の趣旨に明らかに反するものというべきであって、本件は、それを実質的に考えれば、法定の除外事由がある場合には当たらないというべきである。

したがって、本件行為は、農地法第九二条・第四条一項の無許可転用罪及び同法第九二条・第五条一項の無許可権利移転罪の構成要件に該当する。

なお、弁護人は、本件土地が、平成八年四月一日の時点で既に農地でなくなっていると主張するが、検察官主張のとおり、右時点では本件土地は未だ客観的には農地というべきであるから、その主張は採り得ない。また、弁護人は、本件で問題とされるのは、被告人と大館市との間の本件土地に関する使用貸借についての農地法第五条違反の有無のみである旨主張するものであるが、その前提とする農地法第四条違反の構成要件の捉え方が誤っているうえ、公訴事実を独自に設定するものであるから、右主張は失当というべきである。

二  被告人の関与についての双方の主張

1  検察官の主張

被告人は、遅くとも平成七年一〇月五日ころまでには、大館市が土石捨て場として本件土地を借り上げたうえ地目変更すれば、無許可で転用目的を達成できる方法があることを聞き知り、同月六日ころ、大館市役所に佐藤課長を訪ね、「何だ、県でなんとかできると言ってるんでねが。いやそれでできるんだったら、もっと早くやってくれればよかったでないか。自分でも何でも協力するから、何とかしてくれ。」などと言ったうえ、佐藤課長に頼んで、同人とともに北秋田農林事務所に長岐課長を訪ね、前記方法について説明を求めた。

その際、長岐課長は、被告人と佐藤課長が座っている同事務所次長席前のソファーで、該当条文のコピーを示しながら、「大館市発注の公共工事のために欠くことができない必要性があるとき、土石捨て場として借りることができる。俺がやれって言ったからと言われても俺困る。やるかやらないかは大館市が決めることだ。」旨説明し、被告人も右説明を受けて、本件土地を土石捨て場としたうえで地目変更する方法は、法律上、大館市側に土石捨て場を必要とする事情のあることが不可欠の要件であること、裏を返せば、大館市側に土石捨て場を必要とする事情もないのに、市が土石捨て場として本件土地を借り上げて地目変更するのは、農地法に違反する違法なものであることを知った。

そして、被告人は、長岐課長の右のような話しぶりから、かかる違法な行為を県側としても公然とは勧められないこと、これまで関係方面に対し再三にわたって本件土地についての農振除外を要請してきたが、結局認められない結果となった直後において、大館市の担当責任者である佐藤課長が自ら動いて本件手法の検討を始めたことから、市側としては、ここに至って、法を曲げても本件手法を採ろうとしていることを知ったが、被告人としてはとにかく本件土地をカナモトに売却したいがために、右同日、佐藤課長から本件土地を無償で貸してくれるかと問われたことに対して、「何でも協力する。」旨申し向け、ここにおいて、被告人と佐藤課長との間に、以後、本件手法を利用して本件犯行を敢行することについての概括的な共謀が成立した。

2  弁護人・被告人の主張

弁護人・被告人の主張は、独自の見解を前提とする主張であるが、被告人が、本件犯行が違法な行為であるという認識を欠き、共謀が成立しないという理由を次のとおり主張する。

〈1〉大館市が土砂捨て場として必要であるとの佐藤課長、阿部助役の説明が本当であると認識していたこと、農地問題に大館市役所で一番詳しいのは佐藤課長であることは衆目の一致するところであり、その佐藤課長が被告人に言うのであるから信用したこと、阿部助役も、これは県の指導と被告人に言ったので、阿部自身が秋田県庁の出身であるから、被告人としては阿部を信用した。

〈2〉被告人も、農業委員の経験から、農地法第四条、第五条は、原則として知事の許可が必要であるという知識はあったが、これが、右佐藤課長の説明と、佐藤課長と一緒に北秋田農林事務所に確認したところ、長岐課長も、大館市が土地収用法を適用して行う場合は許可が不必要であることを明言したこと。

〈3〉本件は、大館市も市長はじめ、助役、部長、課長、担当職員皆がその旨認識し、佐藤課長が企画実行している本件手法を、その部下も上司も理解し、協力してくれていること。

〈4〉平成八年四月一日には、本件土地に土砂が搬入され地均しされ現況は田から雑種地に変わり、五月二二日には、本当に本件土地の登記簿の地目が田から雑種地に変更されていること。

〈5〉これを前提に、大手の建設機械リース会社であるカナモトと売買契約が締結できたのは、カナモトも信用してくれたと認識していること。

〈6〉その後、カナモトと売買契約した後も、県からは農地法に基づく原状回復等の命令が出されなかったこと。

三 被告人の関与についての裁判所の認定

1  前述のとおり、検察官は、被告人が、平成七年一〇月六日、本件手法が農地法に違反する違法なものであることを知り、佐藤課長との間に、本件手法を利用して本件犯行を敢行することについての概括的な共謀が成立した旨主張するものであるが、右主張にある平成七年一〇月六日前後に被告人が本件犯行について認識していた事実や被告人の言動、さらに、一〇月六日以降の被告人の言動は、次のとおりである。

(一)  被告人は、平成七年九月二五日ころ、本件土地の農振除外申請に対し、県から最終的な異議回答が出たことを知った。

(二)  被告人は、同年一〇月五日以前に、誰から聞いたかは不明であるが、大館市に本件土地を工事の土石捨て場として貸せば、農地から雑種地に地目変更され、それを返してもらえば農地法等の許可を得ずともカナモトに売却できることを知り、同月五日に、長崎に電話でその旨伝えた。

(三)  被告人は、同年一〇月六日、大館市役所に佐藤課長を訪ね、「県でなんとかできると言っているんでねが。」と切り出し、「それでできるんだったら、もっと早くやってくれればよかったでないか。やってけるんだば、自分でもなんでも協力するから、なんとかしてくれ。」などと言った。

その日、被告人は、北秋田農林事務所で長岐課長から話を聞き、本件手法が、農地法関係の各条文を駆使して可能になることを知った。

また、同日、被告人は、佐藤課長から、本件土地を借りるについては無償であると言われたが、そのまま承知した。

(四)  被告人は、同年一〇月六日ころ、カナモト大館営業所に長崎を訪ね、本件土地を大館市に対し土石捨て場として貸すことにしたこと、そして、本件土地が四月いっぱいくらいで雑種地になることを伝え、雑種地になればカナモトが開発できるから、そのときに売買をしようと話した。長崎が被告人に対し、農地転用等の手続が必要なのではないかと訊くと、被告人は、「農振は許可なるし、農転の申請も要らない」などと答えた。また、この話の際、被告人は、この方法には、副知事をはじめ、県議会議員や大館市長が参画しているから大丈夫である旨の話もした。

(五)  被告人は、平成八年一、二月ころになると、市役所の佐藤課長の席を訪れ、本件土地に早く土石を入れてくれるよう頼んだ。土石が出ないと言うと、被告人は、「俺も何とか手配して土を入れる。」と言ったこともあった。また、被告人は、市長室を訪れ、市長に対し、本件土地に土石が投棄されていないことについて苦情を述べた。市長は、佐藤課長を呼んで事情の説明を求めたが、その際、被告人は佐藤を指して、「これ方、なんもやる気ね。」などと言った。その際、佐藤が、「そう言われたって、右から左、ねえもの入れられるか。」と言うのを聞いた。被告人は、佐藤が不在の際に、佐々木成一産業部長にも、本件土地に土石が入っていないことについて、「おめ方、何してるんだ。」と言ってきたことがあった。

同年三月上旬、被告人に長崎から電話があり、長崎が、「何も土、入ってねすね。」と言うと、被告人は、「今、盛るってらな」(今、盛ると言っている)と言った。

2(一)  本件犯行についての被告人の認識及び言動は、前述のとおりであるが、その中で注目すべき点は以下の諸点である。

本件土地の農振除外について県から異議がある旨の正式回答がなされたのが平成七年九月二五日であり、被告人は、その前後の時期に、本件土地の農振除外が認められないことを知った。

被告人は、その時点から一〇日足らずのうちに(遅くとも一〇月五日までに)、農振除外の手続や農地転用の許可を経ることなく、本件土地の地目を農地以外(雑種地)に変更し、カナモトに営業所用地として売却することが可能であること、そのためには本件手法を用いなければならないことを誰かから聞き知るに至った。

そして、市役所で佐藤課長に会い、責任者である佐藤課長が、本件手法を採って雑種地への地目変更に向かって手続を進めていく意向であることを確認し、その日に、佐藤課長と同道して北秋田農林事務所に赴き、長岐課長から、農地法の除外事由規定の場合を適用すれば、農振法・農地法の手続を経ることなく本件土地の地目を農地以外に変更できることを聞いて確認した。

(二)  前項までに見たように、平成七年九月下旬から一〇月上旬までの関係者の認識・言動については、それぞれの立場からの思惑の違いがあるためなのか、供述する者によってかなりニュアンスが違う内容が供述されている。しかし、関係者の一人とはいえ、本件の中心からやや離れた立場にあった長崎がその当時記載したファックス文書及びこれを見て喚起された同人の記憶に基づく供述は、被告人の認識・言動に関して、主観的な思惑がそれほど混入しない正確な内容を反映していると言ってよいと思われる。同ファックス文書及び同人の証言によれば、長崎は、当時、「本件土地を残土捨て場として大館市に無償で貸し、大館市は、市の下水工事(真中)から出る残土を本件土地に投棄する。翌年四月に使用貸借契約を『解除』すれば、その段階で地目を農地から雑種地に変更することができる。そうすれば、カナモトに営業所用地として売却することができる。このやりかたであれば、農地転用許可の手続は不要である。」ということをかなり正確に認識していたものと認められ、これは被告人から長崎に伝達された情報の内容に他ならない。

当時、佐藤課長は、本件手法を採って、被告人の願いである本件土地の地目変更に向けて動くことを決意していた。佐藤課長は、捨てるべき土石が出る工事として、真中の下水工事を念頭に置いたうえで被告人とやりとりをしていたものと窺われるが、その工事から、捨てるべき土石が出てくることについて、具体的な情報は有していなかったわけであるし、ましてや、本件土地をその土石の捨て場として使用しなければならない必要性などまったく認識していなかった。逆に、本件手法を推し進めるために、その工事から出るであろう土石の処分先を強引に変更してでも本件土地を土石捨て場とする体裁を作ろうとしたのである。佐藤課長は、農地法の除外事由規定をことさらに仮装して、農地法の許可手続を回避しようとしたわけである。

(三)  そこで、佐藤課長が、当時の同人の認識を被告人と共有していたか否かについては、次のように考えられる。

佐藤課長の口から、被告人に対し本件手法についての詳細な説明をした形跡はないが、佐藤課長は、本件土地の農振除外手続に携わってきていて被告人の内情をよく知っていたはずであるし、大館市側で農振除外の意向を示しておきながら県によって農振除外を認めないという回答がなされ、これについて被告人から責められる立場に立つことになった。佐藤課長から見れば、被告人の願いをかなえる方向での本件手法(農地法潜脱)に踏み出すことを決意していたところへ、被告人から「県でできると言っているそうではないか。」と言ってこられたことから、被告人も本件手法について自分以外の誰かから聞き知り、もちろんながらその手法を採って地目を変更してほしいと考えているものと判断したものと推測される。ここに及んで、佐藤課長から被告人に対して本件手法についての詳細な説明をすることは不要だったはずであり、本件手法を採ることを共通の認識にしたうえで、必要な手続を進めていったと考えられる。

(四)  佐藤課長は、本件手法を採るにあたって、市の工事から土石が出るものでもなく、出たとしてもその捨て場として本件土地が必要ではないことを認識したうえで手続を進めて行こうとしたのであるが、この点についての被告人の認識は次のとおりであったと考えられる。

平成七年七月、八月において、大館市の幹部や県会議員が多数、農振除外へ向けた動きをしたにもかかわらず、県の意向で農振除外が認められないという結論が発表されたのであるが、まさに、その直後に本件手法の話が出てきている。しかも、その手法というのは、先に守るべき優良農地とされた本件土地に、市の工事から出る土石を捨てて埋め立てるという極めて強引なものであって、大館市がその手法を実施するという話を聞いた者としては、そこに何らかの不自然・不審なものを感ずるのが当然である。仮に、そのとき偶然、農地法の除外事由規定に当たる事情が生じていたとすれば、佐藤課長からその旨の話があったであろうに、被告人はそのようなことには一切関心を示さず、佐藤課長の推進する本件手法に積極的な容認の態度を示し加担していった。被告人としては、佐藤課長が採ろうとしている手法が農地法を潜脱するかもしれないものであることは当然認識していたというべきである。

(五)  一〇月六日の時点において、被告人が佐藤課長の思惑を完全には察知・把握しておらず、農地法潜脱の手法を採ることについて十分な認識がなかったということももちろん想定しうるところである。

被告人のその後の行動を見るに、一一月二二日ころ使用貸借契約書に署名押印し、一二月に入ってから登記承諾書を作成したこと等の事実があるが、これらは、佐藤課長及びその部下たちからの求めに応じただけであると見ることもできよう。本件土地への土石投棄は、被告人の期待に反して一向になされなかった。佐藤課長側は土石投棄に向けて努力を傾けつつも、緊急に実施しようとまでの熱意はなかったもののように思われる。

平成八年に入り、被告人は、市役所に佐藤課長を訪ね、本件土地に土石を入れてくれるよう要請した。被告人の側で、自ら土石を用意して本件土地に投棄することも考えると言ったこともあるようである。佐藤課長の不在の折りには農林課の他の職員に同じことを言って帰ったこともあった。そして、被告人は、市長室に市長を訪ね、市長に直接苦情を述べたところ、市長は、佐藤課長を呼んで説明を求めた。被告人が、佐藤課長以下農林課の職員が本件土地への土石投棄について熱心でないことを訴えるや、佐藤課長は憤慨気味に捨てる土がない旨答えた。その後、佐藤課長が野呂課長補佐に命じて、本件公訴事実に掲げられた土石投棄が実行された。

「捨てるべき土石がなく、また、土石があったとしても本件土地が土石捨て場として必要であるとの事情もないのに、農地法の除外事由規定を適用して地目を変更し、雑種地としての売却を可能にする」という農地法潜脱の手法について、被告人にまったくその認識がなかったとした場合、右のような被告人の言動を自然なものとして理解することはおよそ無理である。使用貸借契約書を作成したにもかかわらず一向に土石投棄の動きがなかったのであるから、佐藤課長からの説明を本当に農地法の除外事由規定によるものであると信じていたのであれば、土石が投棄されないことについてそれなりの疑問を感じ、説明を求めるのが当然であると思われるのに、何らそのような行動に出ず、土石を早く入れるよう要請している。これは、佐藤課長の行動が、農地法の除外事由規定の適用を装いながら、実は同法を潜脱するものであることについて認識を共有している者の行動として理解するのなら、極めてよく理解できることである。果ては、市長室での会談において、佐藤課長は、入れるべき土石がないことを率直に述べてしまったのに対し、被告人は、違和感を持つでもなく、土石を早く入れることのみを要求していたのである。これも、被告人が、本件手法の推進について、佐藤課長と思惑を共通にしていたからそのような態度になったと理解する他ない。

(六)  以上によれば、本件土地をめぐる平成七年九月下旬までの経緯を前提にし、被告人が九月下旬から一〇月上旬までに得た情報・知識を総合したうえで、被告人は、佐藤課長が本件手法を推進していくこと、そして、本件手法が農地法を潜脱するものであることを認識していたものと認めることができる。一〇月六日の時点でそれが漠然としたものであったにしても、本件土地への土石投棄がなされなかった経緯、佐藤課長以下の職員の対応、市長室での佐藤課長の言動を踏まえて、本件では捨てるべき土石がなく、また、土石があったとしても、本件土地が土石捨て場として必要であるとの事情がないこと、にもかかわらず佐藤課長があえて本件手法を推進していくとの認識を確定的に得、自らもこれを支持して加担・協力する意思を固めていったことを認定することができる。したがって、公訴事実に掲げられた実行行為の着手がなされる以前の時点で、被告人は、本件手法についての認識を十分有しており、佐藤課長らとの共謀も成立していたものと認める。

第七 結論

以上の次第であって、被告人には、本件公訴事実について共同正犯が成立する。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、農地無許可権利移転の点は刑法第六〇条、農地法第九二条、第五条第一項に、農地無許可転用の点は刑法第六〇条、農地法第九二条、第四条第一項にそれぞれ該当するが、右は包括一罪であるから、刑法第一〇条により犯情の重い農地無許可転用の罪の刑により処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件土地は被告人が所有する土地であったが、この土地は農業振興地域の整備に関する法律に基づく農用地の指定を受けた優良農地であり、農地以外のものに転用したり、転用のために譲渡しようとする場合には、農用地区域からの除外や農地法上の許可を必要とするなどの規制を受けるものであった。

被告人は、自己の借金返済のため、本件土地を株式会社カナモトに対し同社の営業所用地として売却しようとするに際して、大館市にいわゆる農振除外申請をしたが、県は同申請を認めなかった。そのため、被告人は、当時大館市産業部農林課長であった佐藤秀明らと謀り、実際は土石捨て場とする必要が存しないにもかかわらず、本件土地を大館市の公共事業工事から出る土石の捨て場として必要であるとして使用貸借契約を結び、工事から出た土石を入れさせ、市から代位登記を嘱託して雑種地への地目変更登記を了したうえで被告人に返還するという、農振法や農地法による法規制を潜脱した手段を用いて本件犯行に及んだものである。

農振法は、農業振興施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより、農業の健全な発展を図り、国土資源の合理的な利用に寄与することを目的として掲げ、農業振興地域の指定等について、土地の自然的条件、土地利用の動向、地域の人口及び産業の将来の見通し等を考慮し、かつ、国土資源の合理的な利用の見地からする土地の農業上の利用と他の利用との調整に留意して、農業の近代化のための必要な条件をそなえた農業地域を保全し及び形成すること等を旨として行うものと規定している。また、農地法は、土地の農業上の効率的な利用を図るためその利用関係を調整し、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ることを目的として、農地の転用及びそのための権利移動を許可にかからしめることによって優良農地を確保し、農業生産力を維持し、農業経営の安定を図ろうとしているのであるが、被告人らの本件犯行はこれら法律の趣旨を踏みにじるものである。

前述した本件の手法を実務的に遂行する立案・指示は佐藤秀明が行ったものであったが、被告人自身も本件手法を認識したうえで、積極的にこれに加担し、結局、違法な行為によって所期の目的を実現したものであり、被告人は、それ相応の刑事責任を負わねばならない。そして、本件諸般の事情を総合考慮し、被告人に対しては、主文の刑に処することが相当と思料した。

(検察官 小沢正明・阿部眞美智 弁護人 津谷裕貴 各出席)

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